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CAFEトーク
豊島逸夫:
「金」を買いたがる
日銀OBたち
筆者は、独立系の立場で自由に株式・外国為替・債券・商品の市場の表裏を説く一方で、金の専門家として「金のレジェンド」扱いされている。日経電子版の筆者コラム(株・外為)の特に若い読者からは「あなたは、金にも詳しいのですね」と言われ、思わず苦笑したりする。そのような立場ゆえ、なにかと資産運用についてアドバイスを求められることが多い。
昨年は専ら円安について聞かれたが、今年は円建てで史上最高値を更新した金に関する話題が増えた。
そこで、筆者が気になるのは、日銀出身の知り合いたちが、この高値でも、やたらに、金を買いたがることだ。退職して5年も過ぎると「通貨の番人」の顔から「個人投資家」の顔に変貌している。インフレの時代に入り、とにかく虎の子資産の目減りだけは避けたいとの思いがにじむ。
「量的緩和でマネーが量産されるのを現場で見てきたので、円だけを必要以上に持ちたくない。なにか、刷れない価値を持つ投資対象はないか、との発想で、絶対刷れない金現物に思い当たった」のだそうだ。欧米の銀行不安も「人ごとではない」と言い放つ。
マネー供給の現場出身の「通貨の番人」が、こともあろうに円より金を選好することに、筆者は、背筋が寒くなる。財務省出身の知り合いたちも、同様に金を買いたがる。気楽な居酒屋の席とはいえ、「日本はいずれ(ハイパーインフレの)ジンバブエ並みになる」などと、トンデモ本的なことを口走ったりする。「これからは金の時代だ」と面と向かって言われると、気楽なつきあいゆえ「アンタに言われたくない」と返してしまう。このような人たちを相手に、金の買い方指南などする気はさらさら無い。
対して、若手の民間の後輩たちには、懇切丁寧に、レクチャーをする。30代そこそこなのに、既に老後の心配で、「金もアリかな。でも怪しいかも。」というノリで聞いてくる。氷河期世代ともなると、質問も「金が下がるとすれば、どこまでか?」という類いが多い。バブル世代の「金はどこまで上がる?」という質問との対比が鮮明だ。
この、バブルの夢が忘れられない人たちは、最近再開された対人セミナーでも、相変わらず会場内で「もうけるぞ」というフェロモンを強烈に発している。それゆえ、筆者は普通の若手相手のセミナーにやりがいを感じている。動画投稿サイトYouTube(ユーチューブ)も始めた。セミナー会場には、予備校の教室のごとくサラサラとメモを取る音だけが聞こえ、「もうけるぞ」とのムンムン感は皆無に近い。将来に備え、こつこつ積み立てる感覚に強く反応する人たちだ。
一般的に「金は世界経済を映す鏡」といわれる。日銀OBからシングルマザーまで、今の社会の断面図を見る思いである。なお、日銀OBたちは、金が更に値上がりしても、売らないであろう。「沈みゆく円」を見切っているようだ。日銀の量的緩和による円紙幣の価値希薄化、そして、総裁は変わっても、日銀金融政策の限界は変わらないことを、身をもって痛感してきたからだ。インフレ抑制のために、日銀は利上げする必要があるが、実際に利上げに走れば、日経平均は暴落するであろう。
なお、新NISA導入も、積立方式の金購入を誘発している。会社の同僚が続々、新NISA(少額投資非課税制度)を始めたことに焦りを感じ、自らも投資の勉強を始めた初心者たちが、金積立にも強い関心を持つようになった。とはいえ、金のグラフを見て、「こんな高値圏から積立を始めてもいいの?」。素朴だがもっともな疑問だ。20年、30年計画の長期積立ゆえ、短期の乱高下に一喜一憂するな、と言われても、投資未経験者にとっては、清水の舞台から飛び降りるごとき心理になりがちだ。特に、日本人はリスク耐性が弱い。筆者が以前勤務した機関で、投資について同じ質問表を作成して、主要国の国民の特性を調べたところ、米国人と中国人が似ていて「相場がここまで上がれば、もっと上がる。」と考える傾向があった。対して、日本人は「ここまで上がると、下げそうだから、様子見に徹する。」という回答が非常に多かった。「今日買った株や金が、翌日下がると、頭の中が真っ白になる。」という反応も目立つ。
飲み会で1回3000円払う人でも、積立投資で1回3000円、株や金を買い、その株価が仮に下がると、「えらく損した」という気分になる。今後、金価格や株価が大きく変動する場面が不可避だ。そこで、あたふたしないために、投資の知識も欠かせないが、リスクに耐える「胆力」を養成する努力も重要だ。ただし、こればかりはセミナーで教えることはできない。みずから不愉快な気持ちを味わい、慣れてゆくことしか方法はない。かくいう、筆者でも、今日買った株が明日下がれば、いまだに不機嫌になる。悟りを開くなどという心境に達するのは、凡人には不可能である。
豊島 逸夫 国際経済アナリスト
一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。