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豊島逸夫:
金高騰を支える世界の構図
2024

時は1997年6月23日。ニューヨーク・タイムズが、以下の記事を報じました。

「日本は米国債を売り、金を買いたい衝動に駆られることがあるかもしれない、との橋本首相のコメントにより、ダウ平均はブラックマンデー以来、最大級の下げを記録した。日本政府はその後、同発言を否定している」

なんとも、大胆な発言ですが、筆者は、正論であり、現代の日米関係にも当てはまると考えています。この問題発言は、訪米中の橋本首相が、米コロンビア大学での講演の後の質疑応答で飛び出しました。

質問者:「日本や日本の投資家にとって、米国債を保有し続けることは損失をこうむることにならないか」

橋本首相:「ここに連邦準備制度理事会やニューヨーク連銀の関係者はいないでしょうね。実は、何回か財務省証券を大幅に売りたいという誘惑に駆られたことがある。ミッキー・カンター(元米通商代表部代表)とやりあった時や、米国のみなさんが国際基軸通貨としての価値にあまり関心がなかった時だ。(米国債保有は)たしかに資金の面では得な選択ではない。むしろ、証券を売却し、金による外貨準備という選択肢もあった。しかし、仮に日本政府が一度に保有米国債を放出したら米国経済への影響は大きなものにならないか。財務省証券で外貨を準備している国がいくつもある。それらの国々が相対的にドルが下落しても保有し続けているので、米国経済は支えられている部分があった。これが意外に認識されていない。我々が財務省証券を売って金に切り替える誘惑に負けないよう米国からも為替の安定を保つための協力をしていただきたい」

米財務省データ(2023年9月)によれば、米国以外の国の米国債保有量1位は日本で1兆880億ドル。2位が中国で7,781億ドルです。これは、主としてせっせと米国にメイド・イン・ジャパンとメイド・イン・チャイナの製品を輸出して稼いだドルです。

筆者は、日本が最大の米国債保有国であることを、対米通貨外交において、明確に主張すべきだと考えます。米国側は日本を「為替監視国」などと偉そうに指定することもあるのだから日本側も忖度(そんたく)せず堂々と論じるべきでしょう。橋本発言を「恫喝(どうかつ)」と報じた外電もありましたが、冷静にかつスマートに現状認識を明示すべきです。

中国は日本に先んじて、既に米国債保有を大幅に減らし、外貨準備としての金保有を増やしています。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)の統計によれば、中国の公的金保有量は2,011トン。この20年間で1,500トン以上増やしています。対して日本は846トン。この金保有量は、1970年代から殆ど変わっていません。なぜかといえば、米国に遠慮しているのです。日本が米国の借金証文である米国債を売って公的金準備を増やすということは、同盟国発行の米国債へ不信任票を投じることになるからです。

なお、公的金保有量がダントツに多いのが米国で、8,133トンという数字も考えさせられます。そもそも米国は、金はもはや通貨ではない、という金廃貨論を唱え、米ドルを世界の決済通貨にしました。でも、実は未だにシッカリと8,133トンもの金を退蔵していて、自国の借金証文は日本や中国に保有してもらってきたのです。筆者がずるいと感じるところです。

公的金保有を増やしている国は、近年急増する傾向にあります。昨年は、1年で1,136トンもの金が外貨準備として、様々な国々により購入されました。これは、年間金生産量の1/3を占める量です。一般メディアでは、今回の金急騰が中東有事リスク由来だと報じられています。たしかに「火薬庫」ともいわれる中東の紛争は想定外のサプライズでした。とはいえ、金の需給統計を見れば、公的部門の金購入が金高騰を支えている構図になっているのです。外貨準備として購入された金は長期で保有されるので、ヘッジファンドが投機目的で金を買うこととは全く異なります。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。