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CAFEトーク
豊島逸夫:
金価格が歴史的高値圏で
推移しているというのに
金価格が歴史的高値圏で推移しているというのに、金鉱山会社は浮かぬ顔です。生産コストが跳ね上がり、たいして儲かっていないからです。以前なら、金価格の水準が急上昇すれば、世界中で新規金鉱山開発案件も急増したものです。しかし、今回は、さっぱりあがってきません。通常、新規金鉱山開発が計画から実際に動きだすまで3年以上はかかります。それゆえ、今後の年間金生産量は、今がピークで、これから逓減(ていげん)してゆくでしょう。この金生産不足を補うのが、リサイクルです。これは二次的供給源とも言われますが、新産金の量を上回るほどの規模ではありません。
では、生産コストが何故上がっているのか、といえば、やはり世界的なインフレで人件費から電力などのエネルギーとか採掘に要する機械、そして物流など、全て値上がりしているからです。巨額の必要資金調達コストも世界的な金利上昇で割高になりました。しかも、有望な埋蔵量は既に確認され、今後は海底など極めて採掘環境が厳しい鉱脈しか残っていません。確認埋蔵量は、米地質調査所(USGS)によれば約5万2千トン。近年の年3000トン台半ばのペースで掘り続けると仮定すれば、十数年で底をつく計算になります。これは、金価格の長期的見通しを考える際に極めて大事なことです。よくゴールド・セミナーで純金積立会員の参加者から、今後も右肩上がりで金価格は上昇するのか、と聞かれます。筆者が自信を持って「イエス!」と言えるのは、この供給先細りが見えているからです。
ここまでお話しした状況を象徴するような出来事が、今年、金生産業界に起こりました。過去最大の大手金鉱山会社二社のM&Aです。米最大手のニューモント社(世界三位)がオーストラリア大手ニュークレスト社(世界七位)を買収したのです。規模は円換算で2兆円を超しました。要は、もはや単独での金鉱脈開発は先が見えているので、既に有望な鉱脈を保有している金鉱山会社を傘下に置くという発想なのですね。限られた希少資源を奪い合う構図とも言えるでしょう。ニューモント社がなぜニュークレスト社を狙ったか、その理由も合点がゆきます。ウクライナ侵攻以来、金鉱業界でも地政学的リスクが高まるなかで、ニュークレスト社の生産拠点は、オーストラリアとカナダという相対的に安全とされる地域が中心だからです。しかも、ニュークレスト社には、オマケもついてきます。オーストラリアやパプアニューギニアに銅鉱山も所有しているのです。銅といえば、今後電気自動車の部品や再生可能エネルギーの送電線向けとして近年需要が伸びています。それゆえ、ニューモント社の真の狙いは、「銅部門」にあったのではないか、との憶測も流れたほどです。
これまでも、金鉱業界は、合従連衡を繰り返してきましたが、今後も再編淘汰は続くでしょう。それは、一握りの大手と、中小数十社に細分化されている業界構造だからです。
昔から金を積み立てている方は、金生産国といえば南アを連想するでしょう。たしかに、1970年代は、世界の金生産の7割以上を南アがほぼ独占していました。それが、今や、金生産国ランキングで南アは10位まで落ち込んでいます。地下3000メートルまで掘り進んだところで、もはや生産の限界に達したのです。近年、世界最大の金生産国は中国。僅差の二位がロシア。続いてオーストラリア。以上三か国がそれぞれ年間300トン以上の生産量を持ちます。あとは年間100トンクラスのアフリカ・アジアの新興国と米国・カナダなどの名前が並びます。中国は世界最大の金生産国なのに、金需要量も金輸入量も世界最大。金市場は中国なしでは語れません。
アフリカの金生産国から中東ドバイ経由でロシアに金が持ち込まれ、経済制裁逃れの一手段になっていることも、最近の話題です。
具体的には、現地日本人が救助され無事帰還したことで話題になったスーダン。同国の年間金生産量は85トンにも達します。その金採掘権の争奪戦が、そもそもの内戦のキッカケとまで言われています。このスーダン産の金がドバイ経由でロシアに流れていると、CNNやロイターが相次いで報じました。今年、ロシアでは、インフレやルーブル不安で個人が金を購入する傾向が強く、スーダン産の金が地金に加工されて、末端で販売されているようです。ロシアは中央銀行が外貨準備として2000トンを超す金を保有していますが、経済制裁で他国に売却して外貨を獲得する道が閉ざされ、宝の持ち腐れになっています。そこで、民間の金販売業者に公的金保有の一部を供給する動きもあるようです。
なお、スーダン⇒ドバイ⇒ロシアの供給ルートはイラン経由だとフランスのテレビ局は報道しています。ドバイとイランは狭いホルムズ海峡を挟み、船舶でほぼ自由に行き来できます。そもそもドバイはイラン商人たちが創設した民間商業都市国家で、北アフリカから中央アジアまで実に膨大な地域を結ぶ拠点になっているのです。ロンドン現物金市場からインド・中東への金供給ルートの中継基地ともなっています。金需給の実態を検証するため、欧米のゴールド・アナリストは、ドバイの金に特化した巨大なアーケード街を常にウオッチしているほどです。
豊島 逸夫 国際経済アナリスト
一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。