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豊島逸夫:
デジタル・ゴールド破綻の衝撃
ビットコインに代表される仮想通貨(暗号資産とも呼ばれる)は、なにかと金と比較され、デジタル・ゴールドと呼ばれています。タダ同然であったビットコインの価格がNY金価格の水準を追い抜くと、価格の上昇ペースが加速。高値は6万ドルの大台を突破しました。当時、「これからのインフレ・ヘッジは仮想通貨だ。金は古い」と言われたものです。筆者は「価値の保存機能として、数千年の歴史を持つ金のほうが、ビットコインより優れている」と論じていました。しかし、ビットコイン価格暴騰が余りに派手だったので、投資家の目は金より仮想通貨に向いていました。
ただ、永遠に上げ続ける相場はありません。ビットコインも2022年後半には下げに転じました。マクロ的経済環境が激変したからです。それは、米国ゼロ金利解除、量的緩和終了。FRBは、市中にばら撒いたマネーの回収に乗り出したのです。「カネ余り相場」は終焉を迎えました。投資の神様バフェット氏は「マネーが引き潮になると誰が裸で泳いでいたか分かる」と語りました。蓋し名言でしょう。マネーじゃぶじゃぶの時代にはビットコイン以外にも新種の仮想通貨が次々に発行され、どれもが暴騰を演じて持て囃されていたものです。その究極が「柴犬コイン」。単に冗談で柴犬をモチーフにした仮想通貨を発行してみたら、1ドルの値が付き、それが、アッというまに2倍(2ドル)、3倍(3ドル)とまさに倍々ゲームとなり、これで米国人の若者が円換算1億円以上儲けたというような「儲け話」がSNSで拡散されました。まさに「裸で泳いでいた」わけです。
そして、奇しくも米国中間選挙の日に、仮想通貨市場を震撼させる出来事の序章が発生。NY市場は、選挙開票速報など上の空で、仮想通貨「メルトダウン」を見守る展開となりました。
世界最大級の仮想通貨取引所FTX社の経営不安説が表面化。同社CEOで若者の間で人気のサム・バンクマン=フリード氏(略称SBF)が詐欺的行為で投資家を裏切り大儲けしていたことが明るみに出たのです。米国金融規制当局によれば「SBFは、顧客からカネを集め、それを担保にカネを借り、自らの投資のために流用していた。その情報は一切開示されず、当局も感知していなかった」。
その後の事情調査で、FTX社は、新たな自社製仮想通貨FTTを巨額発行。その多くを関連会社に保管。一部を取引所経由で顧客に販売して売買させた。しかも100倍ものレバレッジをかける超投機的売買手法も提供して投資家を煽った。ビットコイン・ブームにも乗って、FTTの価格も急騰。関連会社に保管された巨額のFTTの時価総額も爆発的に膨らみ、それを担保に更にカネを借り、仮想通貨売買に興じた。しかし、相場が頭打ち、ひとたび下落に転じるや、借金とレバレッジで膨張した「幻の資産」は、タイヤがパンクする如く収縮。遂にFTX社は破綻したのです。米大手メディアの試算では仮想通貨市場の時価総額が円換算で20兆円ほど消失しました。更なる問題は、このFTX社に、名だたる金融界の大手が相次いで出資していた事実です。世界最大の資産運用会社ブラックロック。シンガポール政府系ファンド・テマセク。カナダ・オンタリオ州教職員年金基金。そしてソフトバンク。金額は限定的規模ですが、FTX社にお墨付きを与えた事実は看過できません。なお、FTX社は、有名スポーツ選手たちを「グローバル大使」と言う名称の広告塔として起用。大谷翔平選手や大坂なおみ選手も投資家たちから提訴される事態にまで発展しています。
結果として仮想通貨市場への信頼は地に落ちました。ブロックチェーンという仮想通貨を支えるテクノロジ―はホンモノです。しかし、どんな優れた技術でも、その使い手に悪意があれば、詐欺的行為に利用されるというリスクを市場は思い知らされたのでした。これで仮想通貨市場が全滅することはありませんが、市場規模はマネー収縮の時代に合った規模に縮小するでしょう。
NY金市場では「それみたことか」との反応が目立ちます。冷静に見れば、インフレが米国民の間で最大の経済問題となっているので、インフレ・ヘッジとしての金が見直されるキッカケになりました。一時はビットコインに投資されていたマネーが、金市場に里帰りしています。
ビットコイン価格は最高値から1/4の水準まで暴落しました。それでもビットコイン創成期に安く買った人たちは未だ儲かっています。とはいえ、世界の中央銀行のなかの中央銀行といわれるBIS(国際決済銀行)のレポートによれば、ビットコイン保有者の3/4は含み損を抱えるとのことです。
なお、金も仮想通貨も「中央銀行が発行した通貨ではない」という共通点があります。金は発行体がないことから「無国籍通貨」とも呼ばれ、希少金属ゆえの独自の価値を持つ実物資産です。対して、仮想通貨はネット上で価値が残る資産です。それゆえFTX社破綻劇でも見られましたが、常にハッキングされるリスクがついて回ります。今後も事態が新たな局面を迎える可能性もあります。最新情報については、最近、筆者が立ち上げたyoutube「豊島逸夫チャンネル」で語ってゆくことにします。
豊島 逸夫 国際経済アナリスト
一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。