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CAFEトーク

豊島逸夫:
新型インフレの円と「金」

2022年、我々は後世の教科書に残る事態を目撃することになりました。歴史的疫病コロナの感染は止まらず、中国では北京・上海という超大都市がロックダウンという未曽有の展開に。
一方ロシアによるウクライナ侵攻は米露新冷戦を誘発。風雲急を告げるなか、需要過熱と供給制約に起因する新型インフレが勃発。米国の消費者物価上昇率は8%を超え、大統領職を揺らす事態に発展。米国の日銀にあたるFRBは、金融政策を超緩和から超引き締めへ急転換を強いられています。
このような世界情勢のなかで、金はインフレヘッジと有事への備えとして買われ、NY市場のドル建て金価格は歴史的高値圏で推移。さらに、FRBの利上げ攻勢で、外為市場では、ドル金利高からドルが買われ、相変わらずゼロ金利の円は売られ、円安が進行。円建て金価格は史上最高値を連日更新する事態となりました。
金の世界に身を置いて40年余の筆者も、想定外の展開に驚くばかりです。
金市場の視点では、ウクライナ侵攻も原油や小麦の価格を吊り上げるインフレ要因として注視されています。
近年はインフレどころかデフレのリスクの方が重視されてきましたが、これからはインフレの時代に突入することになるでしょう。

そこで問題は、インフレ退治のためにFRBがあえて米国の景気を悪化させる「強力な金融引き締め政策」を実施せざるを得ないことです。ドルの金利はゼロから年内には3%近くに急上昇しそうです。
さらにFRBは量的緩和というおカネばらまき政策も正式に終了を宣告しました。カネ余り時代も遂に終焉を迎えることになったのです。

こうなると、FRBの強力な金融引き締め政策が景気に冷や水を浴びせる事態となるリスクが無視できません。インフレを抑制するためには劇薬投入も辞さず、との姿勢はかなり危ういですね。最悪のシナリオは、物価高に歯止めがかからず、しかも不景気になる、という踏んだり蹴ったりのケースです。専門的にはスタグフレーションといわれる経済事象ですが、これが現実になると物価上昇で国債や預金の価値は目減りする一方、不況で株価は下落するということになります。あまり考えたくないシナリオですが、このケースだとインフレにも強く、株価が下がれば価値が上がる傾向のある金が買われることになるでしょう。人類にとって不幸な経済現象ゆえ、不謹慎と言われるかもしれませんが、「金の独り勝ち」の可能性すら考えられます。
とはいえ、そう旨い話があるものだろうか、と疑念が湧きます。確かに、金には金利や配当を生まないという特徴があり、FRBが利上げを性急に進めると投資家心理としては、確定利息が得られる国債や預金の方が良いとの判断も生まれますが、これは当然のことです。
結局、金利上昇と物価上昇の追っかけっこになるでしょう。
仮にFRBが金利を3%にまで引き上げて、首尾よくインフレが年率2%程度までに鎮静化すれば、インフレヘッジとしての金の出番は減るでしょう。
対して金利が3%でもインフレがしつこく、物価が年率4%程度までしか下がらないと、金が有利な状況になるのです。このような場合には、金利は名目で3%だが、実質ではマイナス1%ということになります。

専門的に言えば、名目金利より実質金利の変動が金価格の重要な決定要因になるということです。
また、円建て金価格の重要な変動要因としての円安がいつまで続くのか。これも気になるところです。

今回の円安には2つの理由が指摘されます。
物価上昇が米国の年率8%より遥かに鈍く、未だに日銀がゼロ金利政策と量的緩和政策全開を続けている日本の通貨=円が売られる状況は変わらないでしょう。来年、日銀黒田総裁が任期を終えますが、後任に誰がなっても、それで日本の低金利体質がいきなり変わるわけではありません。
もう一つの円安の要因が、日本は原油など資源を輸入に依存していること。コロナの影響が長引き、サプライチェーン破断は続き、世界の資源価格は上昇傾向にあります。この貿易収支赤字傾向も当面変わりません。有事に強い円というレッテルも剥げてきました。中期的トレンドとして円安傾向が続きそうです。
さらに、日本人にとって怖い円安の可能性もあります。「日本売り」とか「円見切り売り」とNY市場では言われるのですが、少子高齢化で移民も拒む傾向が強い日本の将来を外国人投資家が悲観視して円を売ってくる事例が増えてきました。日本企業の「儲ける力」が見劣りするとの指摘も聞かれます。日本人としては反論したいところですが、日本株売買の7割が外国人投資家という実態は無視できません。

このような状況なのに、通貨の世界をルーレットに例えれば、外国人投資家は、ドル、ユーロ、円、人民元など様々な通貨にチップを置き分散しているのに、日本人投資家だけは円のみにチップを山積みにして「これで安心」と感じているのです。外貨建てで資産を保有するなど怖いというわけです。そろそろ、円だけで資産を持つリスクも考えるべきでしょう。金はドル建て資産の1つなのです。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。