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豊島逸夫:
2022年 金市場に吹く風

今回は少々理屈っぽい話になるが、2022年の金価格を展望するにあたり重要なポイントとなるので、お付き合いいただきたい。国際金市場には、インフレという追い風と利上げという逆風が交錯している。さらにオミクロン株出現という突風も吹いている。
まず、インフレについて。
2021年10月の米国消費者物価指数は、前年同期比6.2%と31年ぶりの上昇率となった。この指標が、年率2〜3%程度であれば経済活動の活発化による健全な物価上昇と解釈されるのだが、5%を超えてくると庶民の生活を直撃する現象となる。今やインフレが政治問題となり、物価上昇を抑え込めないバイデン政権への支持率低下の一因となっている。
一方、金市場ではインフレ・ヘッジとしての金買いが誘発されている。問題は、この物価上昇がいつまで続くかということだ。物価を安定させる役割を担うFRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長の見立てによれば、このインフレ現象は主としてコロナ感染により生じた世界的サプライチェーンの混乱による企業のコストアップやコロナ感染を恐れて労働意欲が失われた結果、人手不足が生じて賃金が上昇していることによる。それゆえインフレ現象はコロナの経済的副作用と位置付けられ、コロナが収束すればインフレも一時的な現象として終わるであろうとパウエル議長は一蹴してきた。
もし、その説が正しければインフレに備える金買いも早晩、下火になると思われる。
ところが、FRB議長の見解が揺らぐ事態が生じた。オミクロン株の突発的出現だ。新たな変異種が世界的に拡大すれば、物流の混乱や人手不足がさらに悪化するのは必至だ。そこでパウエル氏も一転、インフレは一時的ではなく、当初の想定以上に長引く可能性があると議会証言で明言するに至った。具体的には、2022年半ばから後半にかけて物価上昇が継続しそうだと言う。そうなれば、インフレによる金高騰が2022年も続くことになる。
しかし、現実はそれほど簡単ではない。
物価上昇を抑え込むために、FRBが利上げに踏み切る可能性も高まったからだ。パウエル氏も、まずは利上げの前段階として、量的緩和の縮小計画(テーパリング)を予定より早く終了させる意向を明らかにした。
金市場も急速に警戒感を強めている。金の資産としての最大のデメリットは金利を生まないことなので、利上げは金の天敵なのだ。かくして、インフレと利上げという金の買い要因と売り要因が対峙する構図となった。
2022年の国際金価格動向も、オミクロン株の正体を見極めたうえで、パウエル議長率いるFRBが利上げを実行するか否かが重要なポイントになる。本稿がアップされる頃には結論が出ているかもしれない。より具体的には、利上げによる民間の金利上昇と消費者物価上昇と、どちらの影響が強いかという点が金価格を読むポイントとなる。
投資家目線に立てば、利上げにより銀行預金の利息がたとえば名目で年率2%に上昇しても物価が年率3%で上がってしまうと銀行預金という資産の価値は目減りしてしまう。そこで、希少性による独自の価値を持つ実物資産として金が買われやすい市場環境になる。

しかし、物価上昇が年率1%に抑え込まれれば、銀行預金の価値も目減りせず、金利を生まない金より銀行預金や国債を買う傾向が強まりやすい。
専門用語を使えば、名目金利が2%でも物価上昇率が1%なら実質金利はプラス1%となり、金には逆風となる。対して、物価上昇率が3%なら実質金利はマイナス1%となり金には追い風となるのだ。それゆえ筆者は、メディアでのコメントでしばしば「国際金価格はドルの実質金利次第」と語るのだ。
なお、筆者はパウエルFRB議長が判断を誤るリスクにも注目している。オミクロン株拡散がもたらす物流停滞・人件費増などのコストアップによるインフレを抑え込む目的で、パウエル氏が先手を打って数回の利上げに踏み切るが、想定外にオミクロン株の影響が軽微で、結果的に利上げにより経済が冷え込んでしまうという可能性がある。このケースでは、インフレ・ヘッジとしての金買いは後退するだろう。逆に利上げという切り札発動が後手後手にまわり、インフレが制御不能となり独り歩きする可能性もある。これは金が買われやすいシナリオだ。なお、円建て金価格に関しては、円安という追い風が吹いている。米ドルの金利は、利上げを想定して上昇傾向にあるが、日銀はまだまだ利上げなどできる状況ではないので、日米金利差でドルは買われやすく円は売られやすい。したがって、ドル建て金価格が膠着しても、円安要因で国内金価格は上昇するシナリオが考えられる。
以上は2022年を見据えての話であるが、より長期的な視点では日米ともに大規模な量的緩和の結果、民間にバラ撒かれたマネーが回収されず滞留しているので、カネ余り状態が放置されそうだ。たとえば、黒田日銀総裁が「過剰マネーの引き揚げ=量的緩和の出口」などを口走ったら、即、日本株は暴落必至ゆえ異常な状況とわかっていても、日銀は手が付けられない。その結果、幾らでも刷れる円やドルより絶対に刷ることはできない現物の金が選好される市場環境は変わらないだろう。
そのようなリスクを背負った日本で生活する以上、パウエル氏の判断に賭けて金を売買するより、長期の視点で金を貯める貯「金」を筆者は薦めている。メディアは、刻々と変化する米国の金融市場動向を連日のように報道するが、それに一喜一憂せず、じっくり市場の底流を見極めることが重要だ。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。