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CAFEトーク

豊島逸夫:
新型コロナと金

新型コロナの危機は従来型の債務危機とは本質的に異なる。
米国を見ても、多くの個人、企業、金融機関が過剰な負債を抱えたわけではない。家計は、気前良い個人給付金と手厚い失業保険増額で、貯蓄は増えている。個人破産も少ない。真面目に働くより、失業保険をもらっていたほうが実入りは多いから就業しないことが問題になるほどだ。企業セクターも、これまた手厚い連邦政府の中小企業支援金で企業破産は少ない。支援を必要としない企業まで救済の恩恵を受け、余剰資金が株式市場や金市場に流入している。金融機関にも大きな破綻は見られない。
銀行の財務体質は堅固になり、消費者ローンや奨学金返済を免除できるほどに余裕がある。それゆえ、ワクチン接種が進展するや、経済が異常な速さで回復している。過熱=インフレが懸念されるほどだ。
しかも、複合構造のインフレリスクである。まず、新型コロナでモノの流通・生産が停滞したので、国際商品価格が高騰して、製造業の素材・部品コストが上昇した。いわゆるコスト・プッシュ型のインフレである。さらに、中央銀行のマネーばら撒きによるマネタリー・インフレの兆候も見られる。「物価上昇2%達成は難しい」と言われ続けてきたが、この世界経済のディスインフレ体質もさすがに変わる可能性が出てきた。

金市場でも久しぶりにインフレヘッジの金買いが世界的に顕在化している。70年代にオイルショックによるインフレで金価格が3倍に暴騰したことを知らない世代も実物資産の重要性に気が付き始めた。
ただし、インフレリスクが強まれば、金融当局は、量的緩和縮小や利上げなど金融引き締めに動くであろう。金利上昇は、金利を生まない金には価格下落要因だ。それゆえ、年後半、FRBが緩和縮小を明示すれば、一時的にせよ、金価格急落の場面もあろう。とはいえ、FRBもバーナンキ時代に緩和縮小を語ったことで、世界的な市場大混乱を誘発した苦い経験があるので、強力な引き締めには動けない。金価格下落が短期的と見るゆえんだ。そして、実は、新型コロナ危機の金価格への影響は、それからが本番なのだ。ここまで述べてきたことは前座に過ぎない。

というのは、コロナ有事対応で、政府も中央銀行もカネをばら撒いたわけだが、そのツケが廻ってくるからだ。コロナは去っても、国の借金の山は減らない。誰かが払わねばならない。世界の投資家が国の借金証文=米国債を買うことに躊躇すれば、米国債の信用度(格付け)は下がる。リーマンショックのとき、金価格が急騰するキッカケになったのも米国債の格下げであった。国の発行した国債の信用が揺らぐとき、発行体がなく希少性という独自の価値を持つ金の輝きが増す。この新型コロナ後の金上昇本番が今年起こるとは思えないが、2022年以降、米国経済のアキレス腱とも言われる双子の赤字(財政赤字と国際収支赤字)を嫌うマネーが安全性を求め金市場に流入するシナリオが現実味を帯びるだろう。
2022年は米国中間選挙の年。バイデン大統領は、大型財政政策全開で選挙民に訴えるであろう。財政赤字を伝統的に嫌う共和党も、社会保障や対中・対露を意識した国防予算を削るわけにもゆくまい。ましてや、財政赤字削減のための増税など論外である。増税で選挙は勝てない。かくして、政治的理由もからみ、米国の借金返済能力が市場で厳しく問われることになるのは必至だ。さらに、米ドルの国際基軸通貨としての信認も揺らぐ、否、既に揺らいでいる。米ドルに代わる国際通貨はあるのか。ユーロ?円?人民元?いずれも役不足の感は否めない。だからといって、金本位制は過去の遺物である。せいぜい、各国が外貨準備の中で、金の割合を増やすための金準備増強程度であろう。かといって、仮想通貨ビットコインか?と言われれば、これも投機的な値動きが激しすぎる。やはり、米ドルが、様々な問題を抱えつつ、国際基軸通貨である状況は変わらないと思う。そして、ドルを信じられない人たちの一部が、金を保有する傾向も変わるまい。新型コロナ危機は、この金志向を長期的に強める要因となった感がある。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。