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CAFEトーク

豊島逸夫:
「金は現物を長期で保有して、
実は、役立たないことが
望ましい」

筆者は常々逆説的な表現で、金保有の心得を説いている。
金はそもそも経済不安に対する備え(ヘッジ)として役立つものだ。その価格が上がってしまうときは、経済に不調が生じている場合が多い。特に、近年は、金が役立ってしまうことが多いので、長期的に価格上昇トレンドが継続しているわけだ。
その典型が新型コロナ禍といえるだろう。2020年年初の株・円・金予測で、誰が「コロナウイルス」など予見できたであろうか。金については、新型コロナが無ければ、2020年の金年間最高値は1,600ドル程度であったろうと筆者は見ている。新型コロナによる上乗せ分が400ドル近くはあったということだ。それゆえ、ファイザー社から新型コロナワクチンの有効確率が9割以上という電撃発表があった当日、僅か24時間で国際金価格は1,950ドル台から1,850ドル台まで100ドル近く暴落した。
「筆者は金関係者だが、このような暴落なら、個人的には安堵している」と述べたことを覚えている。暴落したとはいえ、依然、金価格は歴史的高値圏にある。そこで、ワクチン開発が進展するのであれば、新型コロナという長いトンネルの先の希望の光を見る思いが強かった。
とはいえ、ワクチンが開発されれば、コロナ危機から脱出できると言えるほど事は単純ではない。実際に接種が一般化しなければ分からない潜在的問題も山積している。
金市場の視点では新型コロナの「経済的副作用」が最も懸念される。
未曽有の危機に直面しての「有事対応」として、これまた未曽有の規模の経済支援策が実行された。
米国では第一弾として3兆ドル規模の失業者や中小企業への支援策。更に、バイデン政権は、兆ドル規模でグリーンエネルギー関連など中心の大型インフラ投資、そして経済支援第二弾を公約している。
新型コロナ前には、米国の財政赤字が1兆ドルを超す「危機」が懸念され、それが当時の金買い理由の一つとされた。それが、一気に5~6兆ドルを上回る財政赤字に膨れ上がった。それもこれも新型コロナから国民を守るために必要な経済政策だ。「今日がなければ明日はない」との背水の陣で、「財政赤字問題」まで心配する余裕はない。とはいえ、仮に新型コロナが収束しても、この国の借金の山が消えることはなく残る。救いは、ゼロ金利時代ゆえ、国債大増発は必至だが国の資金調達コストも安くなる。

高利貸しへの返済に追われるごとき事態は考えにくい。それにしても異常に膨れ上がった元本だけでも返済は容易ではない。バイデン政権は、富裕層や企業への増税や株式売買益への課税強化で歳入増を見込む。しかし、議会の共和党が強く抵抗することは間違いない。かといって、財政赤字削減のため、新型コロナで痛めつけられた国民に、更に傷口に塩塗る如く緊縮を求めることなども、政治的に到底出来るはずもない。歴史が示すことは、身の丈をはるかに超えた財政赤字を背負った国が、最後に頼るのはインフレ政策だ。巨額のマネーを市中につぎ込み、放置して、通貨の価値を薄める。構造的に低成長時代の世界経済で、おカネの量だけ増やせば、一万円札で買えるモノの量は減ってゆく。
そこで「刷れるドル・円と、刷れない金」との違いが認識されることになろう。
量的緩和政策で中央銀行はその気になれば、いくらでも通貨を供給できる。但し、「金融節度」は守られねばならない。しかし、新型コロナ禍では「節度ある通貨供給」より、「雇用を守り、経済の混乱を防ぐ」ほうに軸足を置かざるを得なかった。
そこで、国民の自己防衛策としては「刷れない金を保有すること」が浮上するのは当然の成り行きである。昔は金本位制の下で金こそ通貨であった。しかし、今や、管理通貨制度の時代。中央銀行が通貨発行量を決める。ところが、中央銀行のエリート集団も優秀だが、おカネをばら撒きすぎたり、市中からおカネを回収しすぎたりするリスクはある。そこで、近年は、世界の中央銀行が相次いで外貨準備としての金購入に踏み切っている。金本位制は過去の遺物だが、人間の判断だけに任せることもリスクがあるからだ。管理通貨制度が「性善説」とすれば、人間の支配が及ばぬ独自の希少価値を持つ金を保有することは「性悪説」とも言えよう。

ここまで新型コロナと金の関係を綴ってきた。新型コロナという疫病の「経済的」副作用の処方箋として金は一定の効果が見込まれる。但し、ワクチンのように、金を保有していれば免疫が獲得できるというような話ではない。金という実物資産の保有が、保有資産全体のリスク耐性をより堅固にすると考えるべきだ。
最後に、新型コロナにより自宅での時間が増えたことで資産運用について考え始める人たちが急増中だ。諸々「お勉強」も大切だが、月々少額からでも身銭を切り実践してみることも更に重要だ。熱い風呂にいきなり入る前に、まずはかけ湯から始めることでリスク耐性が自然なかたちで醸成されてゆくというものだ。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールドゴールドカウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。