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CAFEトーク

豊島逸夫:
金市場で存在感を増す
「中国」

金の世界で中国は生産量、需要量ともに世界一位。しかも国内生産だけで国内需要を満たせないので、結果的に世界最大級の金輸入国でもあります。
ただし今年前半は、ロックダウンの影響をもろに受け、需要ピークの春節は完全な空振り。店舗は閉鎖し、金のサプライチェーンも破断。実質的に金市場は機能不全状態でした。
それだけに今年後半、中国経済再開とともに、これまで溜まっていた顧客の売買注文が一気に噴出する可能性があります。
しかし国際金価格高騰を受け、高値圏では買い控えが顕在化。更にリサイクルなどの売り戻しが急増しそうです。特にコロナショックの影響で、とにかく現金を保有して第二波、第三波に備えたい、というのが庶民の本音です。手持ちの金の換金売りが増えると考えます。なお、中国人民銀行は、米中冷戦激化の中で、人民元安を容認して通貨安競争を仕掛ける可能性もあります。その場合は、人民元建て金価格が為替要因でも上昇する可能性があります。そうなると中国人の「金」買い控えも更に顕著になると思います。
いっぽう欧米市場では、米中対立のエスカレートが金上昇の政治的要因と見なされています。
中国国内の金需給が緩むことで価格に下げ圧力がかかる現象はボディーブローの如く、ジワリと効きますが、欧米市場は金先物・ETF主導の価格形成ゆえ、米中要因がワンツーパンチで即影響を与えます。この反応の時間差には要注意です。
次に長期的な目線で中国の金事情を俯瞰してみましょう。
まず、中国政府にとって金は通貨政策と資源政策の両面から重要なツールです。
通貨面では、中国人民銀行が外貨準備における公的金準備を着々と増やしています。筆者の見立てでは、いずれ中国政府の金保有量は5,000トンを超えるでしょう。世界の年間金生産量が3,400トンほどですから、かなりのインパクトがあります。それでも中国の外貨準備は世界最大で3兆ドルを超すので、その中に占める金の割合はせいぜい5%程度。欧米諸国の60〜80%に比し、まだまだ低い水準です。
では、なぜ中国人民銀行はそれほど金保有にこだわるのでしょうか。
答えは、金が「無国籍通貨」だからです。現在、中国政府が保有する外貨準備の6割以上は米ドルです。それも米国債という、言わば米国の借金証文のかたちでかかえる羽目になっているのです。対して、金は国債と異なり発行国の信用が揺れることで価値が振れることはありません。希少性による独自の価値を持つ実物資産ゆえ、そもそも「発行国」がありません。それゆえ、ナショナリズムの匂いが無い通貨と言えるのです。これは中国にとって好都合でしょう。

次に、資源政策としての金について。金はスマートフォンなどハイテク機材の部品には不可欠の貴金属ですから米国とハイテク世界一の覇権を争う中国としては、今後も不可欠の素材です。それゆえ、希少資源は備蓄するという資源政策の対象になっているのです。ここで注目すべきは、備蓄だからといって、タイムカプセルの如く穴を掘って埋めておくわけではありません。中国人民に金地金や金製品の保有を促進させることで、国境内に金を貯めていく、という方針なのです。いかにも全体国家らしい発想ですね。いざとなれば、国民から金を供出させる目論見が透けます。中国国内でリサイクルとして売り戻される金も国外には出さず、国内に留めておきます。ここは、リサイクル金製品をみすみす国外に輸出してしまう日本とは大違いですね。日本にも貴金属を備蓄する長期戦略が必要だど筆者は強く感じています。

なお、中国人民銀行は国内に過剰流動性が溢れる場合に備え、中国人民が金を買いやすくするインフラを戦略的に構築しています。コロナ対策として潤沢なマネーを供給していますが、これを放置すれば、コロナ後に民間の過剰マネーが不動産市場に流入して不動産バブルを引き起こすリスクがあります。そこで、中国人民に金現物を持たせれば、金大好きの国民性ゆえ、長期保有する傾向が強いので不動産バブルを回避できます。このような理由で、中国人民銀行は上海黄金交易所という公設の金取引所を創設して、金取引自由化を積極的に推進したのでした。中国の大手商業銀行には「貴金属部」を設立するように指導して、一行あたり1万を超す全国支店網経由で、現物金が国の隅々にまで行き渡るインフラを構築しました。
筆者は、その取引所のアドバイザーとして招聘され、実務の指導に当たりましたが、大手銀行一行で個人口座数が3億を超え、しかも、その多くは金選好度が高い人たちなので、大手銀行が中国国内の金流通の要となる過程を現場で見て来ました。
金市場における中国の存在感を肌で感じてきたのです。香港が完全に中国の一部となれば、シンガポールより上海がアジアにおける金売買の中心地になることは間違いないでしょう。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールドゴールドカウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。