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豊島逸夫:
現物資産保有の意味

ドルも円もユーロも、印刷すればいくらでも増やすことができます。しかし紙の資産は、そのもの自体に価値があるのではなく、
経済や国の信頼によって価値が変わってしまいます。その目減りをカバーするには、どうしたらいいかを考えてみましょう。

米国へ旅行に行くと必要になるドル紙幣。紙に印刷されたおカネですが、元々は、米国政府がいつでも「金」との「交換」に応じるという約束の証しでした。その交換レートは1オンス=35ドルという固定相場。実に今の金価格の僅か2%強という安値でした。しかし、1971年に、当時のニクソン大統領は、突然「今日を限りにドルと金の交換は停止する」と一方的に宣言したのです。なぜ、そうなったのか。話は1960年代に遡ります。米国がベトナム戦争という泥沼にはまり込み、湯水のごとく戦費を使いまくった結果、巨額の赤字を抱えてしまったのです。これを見た世界中の人々は不安になり、一斉に手持ちのドル紙幣を「金に交換してくれ」と米国政府に持ち込みました。米国政府が保有する金はみるみる海外に流出。これはたまらんとばかりに、米国側がドルと金の交換を停止したのでした。

今では金とは換えられないドル紙幣。こうなると、米国政府がきっちりドルの価値を守ってくれることを信じるしかありません。信じられない人たちはドルを売り払って、元々ドルの価値の裏付けだった金を購入する方法を選択することになります。

それでも世界最大の経済大国アメリカには根強い信頼があり、ドルは世界で通用する通貨として定着しました。しかし、2008年に米国を発信源とするリーマン・ショックが世界経済を直撃しました。米国の信頼は地に落ち、多くの人の資産を直撃しました。米国の信頼は地に落ち、多くの人たちがドルより金を選択した結果、金価格が史上初の4桁、1,000ドルの大台に乗ったのです。

そして2017年、トランプ氏が大統領選挙で「まさか」の勝利を得るや、米国への不信感に再び火がつきました。トランプ大統領就任当日の金価格は約1,200ドル。それが就任2年半後には、1,560ドルまで上昇したのです。この価格上昇過程で金の買い手として注目されたのが、中国・ロシアそして新興国の政府です。輸出で稼いで貯めてきたドルを、相次いで金に換え始めたのです。その量たるや、世界で年間生産される金の量の1/4近く。トランプ大統領が権力を振るう米国が発行するドルに対する「不信任投票」のような成り行きとなっているのです。

もちろん民間の投資家も黙っていません。トランプ大統領のツイートひとつで株価が大きく上下変動するのですが、彼が何時どのようなことを呟くのか、全く予測できません。そこで、常に金を保有して思わぬ株式投資での損失に備える、という姿勢が世界的に広まっているのです。「私は株などやっていないから関係ない」とはいえません。なにせ、今や私たちが収入の一部をコツコツ払い込んでいる公的年金の半分近くが株で運用されているのですから。日本銀行をはじめ欧米の金融当局が、おカネをばら撒いて株価を上げ、景気を維持する政策を採ってきたことも金市場へのマネー流入を加速させています。これはかなりの荒技なのですが、それでも劇薬を投与しないとリーマン・ショックの後遺症から立ち直ることはできなかったのです。問題は、この荒療治の副作用です。例えば、米国がばら撒いたおカネの一部は中国にまで流入して、中国国内で不動産バブルを引き起こしました。

そしてリーマン・ショック後の景気が徐々に回復したところで、まず米国がばら撒いたおカネの回収を始めたのです。ところが、患者といえる米国経済は既に大量のマネー無しでは安心できない依存症に罹っていました。いざおカネの回収を始めたところ重篤なショック症状を引き起こし、市場が大混乱に陥るという結果になり、慌てて回収を中止する羽目になったのです。2018年12月クリスマス前後に起きたことです。日本にも波及して1日で112円から一気に104円台まで円高が進行するという事態になりました。その結果、おカネはばら撒かれたまま残るという異常な「カネ余り」状態に陥っています。でも景気回復の実感は薄い。どう見ても異常ですよね。そこで人間が輪転機を回して勝手に刷ることができず、資産としての価値は薄まらない「金」が注目されることになったのです。「円、ドル、ユーロは刷れる、金は刷れない」という希少性による独自の価値を持つ金を資産として保有することの究極の意味がここにあるのです。

トランプ大統領の言動や「カネ余り政策」による資産の目減りに備える。儲けるというより、いざという時に備え、「金」をコツコツ買い増してゆくことこそ、現物資産保有の王道なのです。

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールドゴールドカウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。