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豊島逸夫:
金4,000ドルはあるのか

2025年は、長い金の歴史の中でも、特別な年になっています。

国際金価格がアッと言う間に3,000ドルを突破するとか、国内金小売価格が16,000円台に達するなど、相場の乱高下に慣れているはずのプロでさえ口あんぐり状態になるほど異常ともいえる相場展開を見せています。しかも本稿執筆時点は5月26日ですが、今年後半には4,000ドルもありうるという説も流れています。本当に未だ金価格の暴騰は続くのでしょうか。

結論から言えば筆者は年内の4,000ドルは無いと見ていますが、来年には現実的なシナリオになると見ています。但し、為替が日銀利上げなどの要因で円高の圧力も強まる可能性を考えると、円建て金価格が、例えば20,000円の大台を試すことは難しいと見ます。昨年から今年にかけてはニューヨーク金価格の上昇と円安傾向の持続により、円建て金価格が連日、史上最高値を更新するという現象が持続的に見られました。しかし、そう都合の良い話が続くことは期待しないほうがよいでしょう。

では、ドル建て金価格上昇トレンドが続くと考える理由は何か。
まずは世界の中央銀行が外貨準備として、金を大量購入することが最も重要な要因と見ます。年の生産量が3,600トンほどの金市場で、中央銀行セクターが1,000トン以上の金を購入して退蔵するとどうなるか。

投機的に売買を繰り返し、短期的に差益を求めるヘッジファンドが大量の金を買っても、いずれ決算日までには売り手仕舞いする宿命にあるのでゼロサム・ゲームとなります。

対して、中央銀行は資産運用という発想で金を買うわけではありません。あくまで自国の経済安全保障のため金を購入・保有するので、20年とか30年は持ち続けるでしょう。自国経済に何らかの有事異変が生じたときに、外貨準備の中の金を売却して、危機を凌ぐという発想なのです。更に中国やロシアのように、米国が嫌いなので米ドルは持ちたくないというケースもあります。これら嫌米国にとって、発行国が無くナショナリズムの匂いがしない金という無国籍通貨は都合の良い選択肢なのです。この公的セクターの金購入・長期保有が続くと、金価格のレンジの下値が徐々に切り上がることになります。4,000ドルに達しても、彼らは黙々と金を買い続けるでしょう。

なおプラチナを外貨準備として買う国はありません。それゆえ、プラチナ価格が金を大幅に下回るという状況は続くでしょう。仮にどこかの国の中央銀行がプラチナを買おうと思ってもプラチナ市場の規模が小さいため、彼らにとって意味のある量を購入できないのです。こう書いてくると「豊島はプラチナ嫌いか」と思われがちですが、とんでもない。私はプラチナに人一倍、個人的な思い入れがあるのです。スイス銀行の外国為替・貴金属部を辞めてワールド・ゴールド・カウンシルにリクルートされた時、スイス人の上司が「これは銀行からの贈り物だ」とプレゼントしてくれたのが、当時「世界初のプラチナ・コイン」と言われたマン島発行の「ノーブル」でした。その時に上司が「君はプラチナ売買で大いに貢献してくれた。君がライバル行に行かなくてよかったよ」と言ってくれたのです。これは、ディーラーにとって最高の誉め言葉。今や、プラチナは金より安いことが常態化していますが、私にとってプラチナは特別な「センチメンタル・バリュー」があるのです。


マン島発行のノーブルコイン

話が脱線しましたが、金上昇トレンドが続くと思われる理由として、世界が「自由貿易体制」から「保護主義体制」に移行したという事実も重要です。そもそも自由貿易は、自国の得意技の分野に国のリソースを重点的に配分して、不得意分野は他国に任せるという「譲り合い」の精神の上に成り立つ体制です。結果的に世界の貿易量は増え、各国の経済も「拡大均衡」となり世界経済のパイが大きくなります。対して関税合戦により世界が保護主義に向かうと、結果的にパイの奪い合いになり経済は「縮小均衡」の連鎖に陥ってしまいます。最悪のケースが、関税の影響で景気後退と物価上昇が同時進行するという「スタグフレーション」に。こうなると持続的な株価上昇は望めず、安全資産とされる国債もインフレに弱いので買い手がつかず、結局、消去法で金の一人勝ちという結果になるでしょう。但し、金にとっては上げシナリオですが、例えば米国経済がスタグフレーションになれば、日本経済も間違いなく強い悪影響を受けます。それゆえ金価格が上がっても、個人として素直に喜べるシナリオとは限らないことも覚悟しておきましょう。

「日米同時に、20年国債の入札で買い手が少なく不調に終わった」というようなニュースが実際に流れ始めると、世界の投資家が20年後の日米経済に不安感を抱いているという事実の証しと見られます。その要因で不況やインフレに強いとされる金の価格が急騰しても、例えば家族の誰かが職場を失うことになれば「有事の金が上がった」と単純に喜べないでしょう。金は、あくまで最悪の状況を凌ぐ一つの手段と認識すべきです。


マン島発行のノーブルコイン

豊島 逸夫 国際経済アナリスト

一橋大学経済学部卒。大手都市銀行入行後、スイス銀行にて外為貴金属ディーラーに。チューリッヒやニューヨークの国際金市場で経験を積んだ後、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にて金の調査研究に従事。WGC退社後、独立し豊島逸夫事務所を設立。守備範囲を国際経済全般に広げ、市場分析や講演、執筆等を中心に活動する。