Special
黄金の微笑み
タイ王国
きらびやかに輝く宮殿や数々の寺院、巨大な仏像たち。観光ガイドで『微笑みの国』と紹介されるタイ王国を学び、
人々の微笑みの秘密にせまります。さあ、誌上旅行へ出かけましょう。
街に、暮らしのそばに、金色の仏教施設がある国・タイ。
タイ王国は、東南アジアのマレー半島ほぼ中央に位置します。ビーチリゾートや世界3大スープに数えられるトムヤムクンも有名ですが、イメージはなんといっても金色の壮麗な建造物群。約3万もの仏教寺院があり、約40万人の僧侶がいるといわれています。黄衣(こうえ)と呼ばれるオレンジ色の袈裟に身を包んだお坊さんが、一列に並んで托鉢へ向かうシーンもなにかで見た覚えがあります。街なかの日常に、きらびやかな寺院や仏塔がある暮らし。それは、同じように寺院が多い日本とは、どう違うのでしょうか。『タイ国政府観光庁』に取材協力いただきました。
ワット・プラ・ケオ(エメラルド寺院)/ワットとは寺院の意。タイで最高の地位と格式を誇る仏教寺院。王室の守護寺でもある。
王宮/タイ国王の王宮であると同時に、世界中の観光客が必ず一度は訪れるといわれるバンコクの名所。
タイ王国・基礎データ
- ●首都:バンコク
- 首都バンコクの正式名称
クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラッタナコーシン・マヒンタラー・ーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニー・ブリーロム・ウドムラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティ・ヤウィサヌカムプラシット - 日本語訳
天使の都 雄大な都城 帝釈天の不壊の宝玉 帝釈天の戦争なき平和な都 偉大にして最高の土地 九種の宝玉の如き心楽しき都 数々の大王宮に富み 神が権化して住みたもう 帝釈天が建築神ヴィシュカルマをして造り終えられし都
●国家体制:立憲君主制
(1932年以降)
●元首:ワチラロンコーン国王陛下
(ラーマ10世)
●建国:1238年 スコータイ王朝成立
(伝承)
●公用語:タイ語
●面積:514,000km2
(日本の約1.4倍)
●人口:約6,600万人 (2019年現在)
●通貨:バーツ
タイ王国の成り立ちと歴史。
タイの歴史はとても古く、東北部の地方からは先史時代の遺跡が数多く出土しています。タイ族による国家がはじまったのは13世紀初頭。スコータイと名づけられた王朝は諸外国との貿易で栄え、仏教の布教、寺院建設、タイ文字の開発など現在につながる文化の礎を築きました。その後14世紀半ばに誕生したアユタヤ王朝がスコータイを併合。アユタヤはヨーロッパと東アジアを結ぶ国際交易港として、また『シャム国(当時のタイの呼称)』の首都として隆盛を極めていきます。日本との交流も盛んで、移民として渡航してきた日本人による日本人町もありました。ピーク時には2,000〜3,000人もの日本人が暮らしたとされています。
日本人村(アユチヤ日本人町の跡)/日本人の多くは、アユタヤ王朝の傭兵としてビルマ軍との戦いに参戦。当時の日本人町の町長であった山田長政は22代ソンタム王から官位を与えられるほど大活躍した。(アユチヤとは当時の日本でのアユタヤの一般的な呼び名である)
シャム国からタイ王国へ。人口の9割以上が敬虔な仏教徒。
現在の王朝へと続くラッタナコーシン王朝が誕生したのは1782年。そのころからヨーロッパの列強がアジアへ押し寄せ、ビルマやラオス、カンボジアなど近隣諸国が相次いで植民地となっていきましたが、シャム国はイギリスやアメリカ、フランスと通商貿易条約を結び、独立を守りました。日本と同様、タイはこれまで一度も植民地支配を受けたことがない国なのです。やがて1932年、王は象徴的な存在として憲法に定められ、立憲君主制へと移行。1939年にはシャム国からタイ王国へと呼称が改められました。首都は『バンコク』。しかし、タイの人々は『クルンテープ(天使の都)』と呼びます。正式な名称は左ページの枠内にあるように世界で最も長い首都名なのですが、さすがにタイ人でもこれを暗唱できる人は多くないようです。でもよく見ると『帝釈天』という言葉が何度も出てきますね。帝釈天は仏教の守護神のひとつで、仏教発祥であるインドのインドラ神と同一。要約すると「仏教の神様が造った、平和で、美しく、楽しい、偉大な都」という意味でしょうか。首都の正式名称にも表れているように、タイは仏教の国。国民の約95%が敬虔なる仏教徒なのです。
少年僧/サーマネーンという見習い僧。未成年の出家者で、彼らは学業を終えると一般の在家者としてその後の人生を送る者もいるが、そのまま、比丘(成人の僧侶、一人前の僧侶)になって、一生を出家者として過ごす者も多い。
ワット・ポーの涅槃仏/今号表紙にも掲載の巨大な仏像。足の裏には仏教の世界観を現した108の図が、美しい螺鈿(らでん)細工によって描かれている。
日本の仏教とは異なる南方伝播の上座部仏教。
タイの仏教は、インドからビルマやスリランカを経て伝来しました。中国から日本へ伝わった『大乗仏教』に対して『上座部仏教』と呼ばれます。最も重んじられているのは、執着心を持たず、輪廻転生を信じ、『タンブン』という “徳(善業)を積む” 行為を行うこと。男性にとっての最大の功徳は出家することなので、期間の差はあれど一生に一度は出家して、戒律にもとづいた生活を送ります。黄衣をまとい、元の俗人に還るまで衣は寝るときも脱ぎません。女性は、托鉢を行う僧侶に、生活に必要な食物や薬などを納めたり、寺院への寄進を行います。自分の息子を出家させることも、大きな徳を積む行為です。
また、人々の日常的な心のあり方にもタンブンとされることがあります。持つ人が持たない人へ施しを行うこと。間違いを犯した人に対して、憎しみを持たないことなどです。出家してコツコツと修行を重ねる僧侶と、毎日コツコツと徳を積み、心穏やかに暮らす人々。すこーし微笑みの秘密が見えてきたような…。
ワット・アルン/バンコクにある寺院。アルンは暁の意味。チャオプラヤー川沿いにたたずむ姿はバンコクを代表する風景。
誕生曜日によるラッキーカラーと仏像。
みなさんは自分が生まれた曜日をご存じですか? 誕生曜日を気にとめている日本人はほとんどいないでしょうが、タイの人々は生年月日とともに曜日も大切にしています。そして曜日ごとに色が決められていて、ラッキーカラーとして認識されているのです。さらには曜日ごとの守護仏まであって、寺院を訪れた際には誕生曜日の仏像にも参拝します。下の写真、左から日・月・火・水〜と仏像が並んでいるのですが、お姿はどれもユニーク。敬虔な仏教徒であっても、ひざまづいて、ただひたすら崇めるだけでなく、お釈迦さまや寺院に対し、親しみを持って接することができそうです。「実際に、寺院はタイの日常に溶け込んでいて、学校であったり、地元の人たちが集まる場所でもある」と、タイ国政府観光庁 東京事務所 所長のセークサン スィープライワンさんに聞きました。
※タイでは曜日ごとの仏像も決められている。
▶タイ国政府観光庁
https://www.thailandtravel.or.jp
「タイを知る→タイネス」ページで。
金色を最上とする仏教美術。
それにしても仏像や寺院には、なぜ金色が多く使われるのでしょうか?日差しが強いタイでは日光が反射してまぶしいほどといわれますが、この輝きこそが金が使われる理由。仏教美術では、金は色彩とは考えず、仏さまの偉大さやその教えの尊さを光の輝きにたとえて人々に感じてもらおうとしているのだとか。また仏教では、仏さまのお姿には32の身体的な特徴があるとされ、そのひとつが『金色(こんじき)相』。仏さまの身体は金色に輝いていると定められています。タイでは仏殿や寺院ほか装飾品にも金色がたくさん使われ、現世とは異なる聖なる世界であることを感性に訴えかけているのです。
ワット・パークナムの天井画/アユタヤ時代に創設された、バンコク・パーシーチャルーン区にある歴史的な王室寺院。最上階まで上がると金色を基調とした、仏陀の生涯図が目に飛び込んでくる。
手を合わせることは、相手を信じ、敬うこと。
さて、タイには『ワイ』と呼ばれる礼儀作法があります。両親や祖父母、教師や先輩など目上の人に会ったとき。また誰かに感謝や謝罪の気持ちを伝えるとき。人々は肘を軽く体につけ、顔や胸の前あたりで手指をそろえて合掌します。ワイをされた方も同じようにワイで返すのが決まり。これで、お互い、気持ちよく過ごすことができますね。
寺院に参拝するタイの人々/タイ人にとって「タンブン(善行を積み重ねる行為)」は大変重要な意味を持つ。コツコツと寺院に参拝し、花や供物を捧げることも善行を重ねることにほかならない。
精霊も、ヒンドゥーの神々も。
街なかでは、交差点や建物の角地に人々が集まって手を合わせている姿をよく見かけるでしょう。そこには金色の祠が建っていて、祀られているのはブラフマンやヴィシュヌ、ガネーシャといったヒンドゥー教の神々です。たくさんの参拝者が供えたマリーゴールドの花が黄色い空間を演出し、線香の煙と香りが絶えません。タイの仏教はヒンドゥー教の影響も受けているためですが、宗教というよりは身近な神様。仏教徒であるタイの人々にとっても崇拝の対象で、通りかかると立ち止まって手を合わせます。
また民家の庭先にも一本柱にお堂が乗った小さな祠があり、こちらには土地の神様が祀られています。仏教が伝来する以前、もともとタイの人々は精霊信仰(アニミズム)を持っていました。森林や巨樹、土地、家屋などいたるところに精霊(ピー)が宿っていて、供養をすれば、それらによる擁護を受けられると考えてきたのです。
信じ、願い、徳を積み、自然に黄金の微笑みが…。
タイの仏教は、精霊信仰やヒンドゥーの神々をも寛容した大きな教えで独自の文化。人々は精霊に守られ、日々の平穏を神々に願い、さらには徳を積み重ねることで生涯の、いや来世までも仏さまのご加護を得る。タイの人々の顔に湛えられたやさしい微笑みは、偉大な力、大いなるものに守られているという幸福感から生まれるのではないでしょうか。黄金の輝きは、微笑みをもたらす心の資産といえるかもしれません。
プラ・プッタナワラーントゥー/ゴールデン・トライアングル(タイ・ラオス・ミャンマーの国境)のシンボルとして建立された、幅約10m、高さ約16mの黄金色の大仏。