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日本独自の美意識による修復技術を見直そう
金継ぎは、こころも繕う。
割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着し、金粉で美しく仕上げる日本古来の修復技法『金継ぎ』。お気に入りの器をダメにしてしまった……、そのやるせない気持ちも、ポジティブに変えてくれるのです。
鎌倉の本格金継ぎ教室へ
鎌倉駅で江ノ電に乗り換え、民家の軒をかすめるようにして2つ目の由比ヶ浜駅へ。長谷の閑静な住宅街に、『蕾の家』はありました。築70年の古民家を活用して、料理やヨガ、着付けなど様々なワークショップが開催されています。今日はここで、本格金継ぎ教室が行われると聞いて訪ねてきました。
江ノ島電鉄線(通称「江ノ電」)は、鎌倉 ~ 藤沢間の約10kmを結ぶ。小説や映画、ドラマやアニメ等にも登場する、湘南の風景になくてはならない存在。
山と海に囲まれ、ミネラル成分が豊富な鎌倉の土壌が育てた鎌倉野菜。その濃厚な味と独特の種類が多くの人に好まれている。
ますます人気の長谷界隈
長谷といえば、やはり高徳院の大仏や長谷寺の観音でしょうか。『蕾の家』の近くには、鎌倉から和田塚─由比ヶ浜─長谷と走る江ノ電に並行した由比ヶ浜大通りが通っていて、鎌倉駅から長谷寺までは、のんびり30分ほどで歩けます。文化人の住居や別荘が多かったところだけあって、通りの両側には文化財に指定されるような家屋敷が見受けられました。レトロなビル、鎌倉彫や和菓子の老舗があるかと思えば、モダンなカフェや個性的な雑貨屋も建ち並び、もちろん普通の八百屋さんや酒屋さんもあって、眺め歩いているだけで楽しめます。晩秋の肌寒い日にもかかわらず、たくさんの人が歩いていました。
鎌倉大仏の正式名称は「阿弥陀如来像」。国宝に指定されている。長谷の高徳院の本尊。
神奈川県鎌倉市佐助にある銭洗弁財天宇賀福神社(ぜにあらいべんざいてんうがふくじんじゃ)。境内洞窟にある清水で硬貨などを洗うと財が増えると伝えられていることから、銭洗弁天の名で知られる。
茶の湯と金継ぎのはじまり
そこかしこから歴史が香る鎌倉の街。ここで金継ぎが生まれたわけではないのですが、そのきっかけは鎌倉時代にはじまった茶の栽培です。それまでは中国からの輸入のみで、国内では栽培されていなかったのですが、鎌倉時代に京都で栽培がはじまり、伊賀・伊勢・駿河・武蔵といった地域に広がり、喫茶の風習が広まりました。そして次の室町時代、茶の湯に使用する茶道具を修復したのが金継ぎのはじまりとされています。茶の湯が千利休によってひとつの文化として完成されたのは安土桃山時代ですが、それ以前から特権階級の嗜みとなっていたのですね。しかし使用する茶道具はたいへん高価で、割れたからと簡単に買い換えられるものではありません。また茶の湯が盛んになるにつれて、名物といわれる茶器を収集するなど器への執着も高まり、茶器を愛おしむ心に風流な遊び心が相まって金継ぎが生み出され、広く知られるようになっていったというわけです。
金継ぎによる修復跡は『景色』
西洋にも、割れたり欠けたりした器を修復する技術はあります。しかし、どれだけその跡をわからないようにするかが最も重要で、わざわざ修復跡を目立たせる金継ぎは真逆です。傷跡を金色に輝かせるという発想は、どうして生まれたのでしょうか? 今日の本格金継ぎ教室の講師である大脇京子先生にお話をうかがいました。「金継ぎによってできた修復跡のことを『景色』と呼びます。茶の湯から生まれたひとつの文化で、修復跡を器に現れた新しい景色と観ることで、その器にいっそう愛着を持つようになったといわれています」。茶の湯では、お茶を味わうだけでなく、茶器の焼き物としての姿まで観賞します。それと同じように、いやそれ以上に、器に残った無残とも思える経歴までも、その器に宿った新しい生命ととらえ、愛おしむ目を向けたのです。
大脇京子先生は鎌倉在住の金継ぎアーティスト。米国カルフォルニアにあるギャラリー『Turtle & Hare』オーナーのMonicaさんに認められて個展とデモンストレーションを成功させる。
『景色』、そこに何が観えるのか?
江戸時代初期に活躍した本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)という芸術家がいます。刀剣を鑑定してきた名家の生まれで、陶芸・木工・金工等あらゆる工芸に対する見識眼を持つアートディレクターでもありました。そんな彼の前に、ある日、窯から茶碗が大きくヒビ割れた状態で出てきたそうです。明らかな失敗作なのですが、その傷を彼は雪山の景色に見立てて修復し、金継ぎを施しました。その作品『雪峰』は、国の重要文化財の指定を受けて東京・畠山記念館に収蔵され、今も金継ぎ芸術の原点と崇められています。金継ぎによって生まれたいろいろな景色を、昔の人はこんなふうに表現しました。夏夕の稲妻、深山の大滝、梅の古木、千鳥の足跡……。これぞ日本人ならではの美意識ではないでしょうか。捨てるのがもったいないから修復して使う、その「Re」精神だけでは金継ぎに発展しません。金継ぎによって露わになった異なる姿、その趣を美として慈しんで、より愛好するようになったからこそ、金継ぎは支持され発展していったのです。
漆は天然の接着剤
金で継ぐと書いても、金で接着するわけではありません。接着剤の役を果たすのは漆で、その力は遥か縄文時代から知られていました。漆はウルシ科ウルシノキから採取した樹液を加工した天然樹脂塗料。食器や家具の表面を艶やかに彩るのが主な用途ですが、米飯や小麦粉と練り合わせると天然の接着剤になります。「この教室では、昔ながらの本漆を使う金継ぎを行なっています。合成接着剤が使われることが増えているのですが、食べ物をよそう器ですからね。やはり天然素材の方が安心だと考えています。ただし本漆は乾燥に時間を要しますので、“待つ”ことも大事なポイントです。完成までには、早くても2カ月はかかってしまいます」と大脇先生。時間がかかるがゆえに、完成した時の喜びは代えがたいものなのかもしれません。
世界にひとつだけの皿
午後の本格金継ぎ教室に、生徒さんたちが集まってきました。6畳間を2つつなげたスペースに定員の8名。席に着くと、大きな荷物の中から本日持ち込んだ“課題”を取り出しました。少ない方で2点、多い方では5~6点も同時進行で修復作業をしているのだとか。進行状況もそれぞれ異なり、まだ接着してない器から進行中のもの、いよいよ完成間近かというものまで様々な様子です。考えてみれば欠け方ひとつとっても同じものは2つとないわけで、たとえ元は2枚組の同絵皿だったとしても、金継ぎをすれば世界でたった1枚の皿になるのです。なので先生に習ってみんな一緒に何かをするのではなく、一人ひとりが自分のペースで金継ぎを進めていき、先生はみんなの作業を見守りながら一人ひとりに合わせたアドバイスやサポートをしていました。
思い出を継ぎ、こころを繕う
教室の様子を見ていて、みなさんが修復しようとしているもののことを知りたくなりました。お聞きしてみると、「旅行した時に買った思い出の器」「大事な方からの贈り物」「自分へのご褒美に買ったもの」「お食い初めに使った茶碗」等様々。結婚を機に実家から持ち出した「子どものころから好きだったカレー皿」の方は、お皿が割れてしまった時は絶望的な思いだったといいます。どうしても捨てられなくてとっておいたものを10年越しに修復しようとしているのだとか。「きれいにお化粧するみたいで。ウキウキしながらやってます」と楽しそうに話をしてくれました。金継ぎをはじめたきっかけは、大事にしていた器を割ってしまった、欠いてしまったということがほとんどでしょう。それがまた使えるようになる。以前にも増して素敵な器として、暮らしの中に帰ってくる。こんなに嬉しいことはありません。この喜びを知ってしまったばかりに、金継ぎという技そのものを趣味にされる場合もあるそうです。骨董市等で、わざわざ欠けた器を掘り出してきて修復するというほどに。
金継ぎした器に料理を盛る
茶の湯に生まれ、芸術として発展した金継ぎ。それをもっと実用的なもの、私たちの暮らしに身近なものとして教えてくれるのが、今日の本格金継ぎ教室でした。最後に、大脇先生が金継ぎした器を使っているというお店へ行ってみました。鎌倉らしい凛とした佇まいの『朝食喜心 kamakura』です。金継ぎは『KINTSUGI』として海外でも知られているようで、鎌倉を訪れた外国人旅行者が、金継ぎの器と料理の粋を求めて来店されることもあるといいます。なかには感動のあまりに、このお皿を譲ってほしいという方もいるのだとか。料理長が実際にお店で出している料理を盛りつけてくれました。写真の金継ぎ部分を手で覆って、あるのとないのとを比べてみてください。いかがですか? おいしそうな景色が観えませんか。
本漆の金継ぎの工程
接 着
糊漆または麦漆を使って接着し、テープ等で固定後、湿度を保った『室(むろ)』に入れて乾かす。本漆は空気中の水分をたよりに自然乾燥するため、湿度70~85%に保たなければならない。乾燥期間は3週間以上かかる。
※糊漆:米飯を糊状にした続飯(そくい)+小麦粉+生漆
※麦漆:強力粉+生漆+水
形 成
錆漆で小さな傷を埋める。乾燥期間は3日~1週間。欠損した部分を錆漆で盛り上げて形成することもできるが、乾燥にはより期間が必要。
※錆漆:砥の粉+水+生漆
研 ぎ
接着後および欠けや欠損部分の充填をし、しっかりカリッとなるまで乾燥させた後は、表面が滑らかになるまで耐水ペーパーで研ぐ。周囲の部分が傷つかないように、やさしく丁寧に研ぐのがポイント。
素地固め
表面が滑らかに落ち着いたら、筆を使って黒呂色漆を塗る。乾燥期間は2~4日。乾燥後、耐水ペーパー(1000番以上)で研ぐ作業を繰り返し、表面をムラなく整える。この工程が仕上げの美しさにつながる。
塗 り
金の発色をよくするために、赤漆で地描きをする。ゆっくりやさしく丁寧に。急ぐと漆がかすれてしまう。薄く均一に塗っていくのがポイント。分厚くなってしまうと、金を蒔いた際、金の比重が重いため漆の中に沈んでしまう。
金 蒔
最後の仕上げ。漆を塗って10~15分ほど漆を落ち着かせてから金粉を蒔いていく。